新婚生活<前編>
日も暮れた夜。突然知盛宅に将臣がやってきた。
それは丁度望美が夕飯を作ろうかと思っていたときの事だった。
「後白河法皇が宴会をする!と言い出したんだ。断るわけにもいかないだろう?」
将臣が家に来て発した一言目がこの言葉だった。
望美は思わず眉をしかめる。どうやら知盛も同じだった様だ。
「二人ともそんな嫌な顔するなって…。」
あきれたように、でも気持ちはわかるといわんばかりに大きなため息をついた。
確かに、断るわけにはいかない。
「出来る限り早く来いよ。」
そう言って将臣はすぐ御所に戻ってしまった。
「一体何なんだろうね…いきなり宴会なんて。どう思う?」
望美が着付けをしてくれている知盛に聞く。普段着るような服なら流石の望美でも一人で着ることができるのだが、上皇の前に出るときのようなしっかりとした服は一人で着ることが出来ない。そこで知盛がそれこそ服選びの段階からしているのである。
「さあな…どうせくだらんことだろう。」
一見興味なさそうに答える知盛だが、実は相当イライラしているということがよくわかる。
「知盛…眉間にシワ…。」
望美に見破られたことが悔しいのか、軽く舌打ちをしたあとスッと望美の傍から離れる。
その一瞬望美は寂しさを感じて知盛の腕にそっと触れた。
それに対して知盛は何の反応も見せず、あっさり部屋を出た。
「新中納言平知盛殿と源氏の神子殿ですね。どうぞ中にお入りください。」
御所の門番がそう言い中へと案内した。すでに宴会は始まっていたようだった。
華やかな楽が聞こえる。あと笑い声も。
宴会の会場に入る直前、望美は声を掛けられた。
「九郎さん!こっちに来ていたんですか?」
「久しぶりだな、元気か?」
「ええ!九郎さんも。半年ぶりかな?今は鎌倉にいるんだよね?」
「そうだ。今回は仕事でこっちに来たんだ。」
「いつ来たの?来ていたなら景時さんのところにでも知らせてくれれば会いに行ったのに。」
「こっちについたのが今日なんだ。まずは法皇に挨拶しようと思ってな。御所に来たら宴会をするぞ!となってな…。」
「あ…この宴会九郎さんが来たからなの?」
「何とか理由をつけて騒ぎたいだけだろう…。それよりもお前法皇様に挨拶しなくていいのか?」
いつの間にか知盛は隣にいず、どこかへいなくなってしまっていた。
慌てて法皇様の所に行き挨拶を済ませる。法皇様はいつもに増して上機嫌だった。
しかし、九郎と話したい望美は早く切り上げて、また九郎のところへ行く。
聞きたいことはたくさんあった。
鎌倉の情勢、九郎さんの鎌倉での生活、弁慶さんの近況。
九郎のほうも同じだったようで、景時や朔、譲の事を聞いてきた。
会話がとても弾んでおり、望美は夢中だった。
それを面白くない顔で見ている男が一人。
「知盛殿、もう少しお飲みになりませんの?」
御所の女房が酒を勧めてくる。大してうまくもないがとりあえず飲んでおくことにした。
イライラする。
大体この宴会さえなければ、普段今ごろの時間は望美を独占している時間である。なのにこんなところへ来て、しかも望美は違う男のところで、それはそれは楽しそうに話をしている。
面白くともなんともない。
「知盛殿は相変わらずなのですね。」
ちらりと隣を見れば御所の女房…いや、法皇の孫娘である女が隣に座っていた。
そういえば戦が始まる前、何度か戯れで抱いたことのある女だった。
流石法皇の自慢の孫娘なだけあり、美しさはある。…が、それだけだ。
他にも白拍子が何人か傍にいることに気がついた。評判の白拍子たちだった。
遠巻きに宮中の女たちが何人かいたがそんな事はどうでもいい。
「最近は知盛殿も出仕以外では御所を訪れることがなくなりましたから…正直寂しかったですわ。」
孫娘が甘い顔を見せてくる。それすらも面白くない。が、知盛の性格を知っている彼女は意に介さぬようでまた話しかけてくる。
「望美は今は幸せなのか?」
唐突に九郎が望美に尋ねてきた。実は望美と知盛の結婚に対して一番驚いたのが九郎だった。
敵だった平家のしかも武将と恋に落ちていた望美に対して怒りを隠せないでいた。
が、結婚する、と言ったときの望美の幸せそうな顔を見て何も言えなくなってしまっていた。
それからすぐ九朗は鎌倉に行くことになってしまい、その後の様子を知らなかったのである。
望美はちょっと寂しそうに答えた。
「幸せ…なはずなんだけど。時々不安になる…かな。」
そう、一緒に暮らしていても知盛のことなどわからない。
確かに手に入れようと思って、どうしても知盛が欲しくてあの和議の前の日彼に挑んだ。
そして手に入れたはずなのだが。
知盛は自分に対して恋心とまでいかなくとも、せめて好意をもっているのだろうか不安になる。
もしかしたらただの好奇心かもしれない。飽きたら終わりなのかもしれない。だから、
「まだ…知盛には甘えられないかな…。」
さっきだって本当は家の中でだけど手を繋ぎたかった。
今だって本当は知盛の横にいて私が奥さんなのよ!て言いたい。
ちらりと知盛を見たとき、綺麗なお姉さんに囲まれているのを見て正直「何しているの?!」って叫びたかったけど。
でも、そんなの迷惑なだけかもしれない。
「でも…一緒に生きれるだけで幸せなんだよね。」
そう言い聞かせるように言い切った。
「望美。辛いならいつでも言ってくれていいんだぞ。」
「九郎さん?」
「お前はあの戦の中でも凛と立って頑張っていた。だが…譲からきいて驚いたのだが、お前の世界に戦はないと聞いて、ますます驚いた。そしてお前は強い、ということの本当の意味を知ったような気がしたんだ。」
九郎は望美の目を見てキッパリ言う。
「だが…よくよく考えたら戦なんてないところから来たお前がそうやってしっかり立つのには勇気がいっただろうと思ったんだ。でも、お前は何も言わなかった。痛くても苦しくても悲しくても、それでもしっかり立っていた。」
だから戦の最中…いやそれ以外でも九郎は彼女から目を離せなかった。自分の気がつかないところで余計な負担や重荷を背負わせないように、つけなくてもよい傷をつけないように気を配っていたつもりだった。でも、望美の気持ちがわからない以上何も言うことは出来なかった。してはいけないような気がしていた。少しでも弱音を吐いてくれればアドバイスなり何なり出来るのに、ともがいていた。
「少しは弱音を吐いて欲しい…というのが正直なところだったんだ。今だって辛いなら言ってくれないとわからないし、見ているほうも辛い。確かに文句ばかり言われるのは嫌だがお前くらい意地っ張りで強情だとはっきりいってもらったほうが楽だ。」
「意地っ張りで強情って!!」
「あ…。」
本当に余計なことまで九郎は口に出す。全く…と思いながらも望美は心が軽くなるのを感じていた。
「ありがとう、九郎さん。」
「兄弟子としては当然だ。俺はいつでも京にいるわけではないからな。たまに顔を見せたときぐらい言いたいことを言ってくれて構わない。」
「九郎さん、本当にありがとう。」
ほろっと望美の目から涙があふれる。それを見て九朗はあせった。
「お…おい、泣くな。俺が泣かせたみたいだろうが!」
顔を真っ赤にしてあせる九郎を見て望美は何だかおかしかった。
「この顔じゃ…これ以上宴会に出るわけにはいかないね。」
「確かにな…。」
泣いてしまったため目も鼻も赤い。望美は帰ることにした。
「こんな顔…知盛に見せたくないし。九郎さん、先に帰っているって知盛に伝えておいてくれないかな。」
「ああ、承知した。気をつけて帰れよ?」
「うん。ありがとう。九郎さんが京にいる間に朔や譲君連れて会いに行くよ。」
「ああ、楽しみにしているぞ。」
そういって九郎と別れた。
しかし御所の中は広い。出口に向かうまでかなりの距離がある。
しかも知盛が選んだ服は華やかな色で生地もいいし柄もとても綺麗なのだが、姫装束なため動きにくい。
「知盛ってば…こんな動きにくい服を着せて…。」
ぶちぶちと文句の一つも出るというものだ。その時だった。
バシャッ
望美は冷たいものを頭からかぶった。
<後編>に続く