2月14日。斎藤一はいつものように登校した。

そしていつものように風紀委員としての活動をした。

今日はバレンタインという行事のようだが、元男子校で女子がほとんどいないこの学校では特に大きなトラブルなどはない。

男からチョコレートを貰ったって嬉しくないし、そもそもあげようとも思わないからだ。

時々別の学校の生徒が渡そうとしているのを見かけるが、他校の生徒についてとやかく言う必要はないと思っているため、注意もしなかった。

(ただ、風紀委員である南雲薫は、自分の妹にかなりきつく注意をしていたようだが。)

委員の仕事が終わればいつものように剣道部で汗を流していた。

時間は7時。そろそろ部活も終了の時刻だ。





そして、いつものように。

「斎藤先輩。お疲れ様です。」

そう言ってタオルを差し出す千鶴は可愛かった。

「ああ、いつもすまない。ありがとう。」

「い、いいえ。今日もお疲れ様でした。」

しかし、この変わらない日常の中でちょっと違う事があった。 千鶴の様子がちょっと違う。挙動不審と言うべきか、視線がそわそわと落ち着きがない。

いつも、まっすぐに自分を見つめてくる彼女とは、ちょっと違っていたいた。

緊張しているのか、表情も硬い。

一体何に緊張しているのか、何もいまさら自分たちに緊張することもないだろうに。

斉藤には全くわからなかった。





部室に戻ると、総司と平助、さらにはなぜか永倉先生と原田先生も着替えをしていた。

「冬だってのにあっちいよ!」

「まったくだ。しかも防具の中は蒸れてるし、たまんねえよな。」

「おい、新八も平助も、着替え散らかすんじゃねーよ。」

「ああ、いいんだよ。男は豪快な方が。」

そう言って新八が豪快に笑う。その横を通る総司がさらっと声をかける。

「邪魔ですよ。3人とも。」

いつもの事だが、4人ともうるさい事には変わりない。斉藤は自分のロッカーを開け着替えを始めた。

「しっかし、今日は2月14日。バレンタインだってのに、チョコが一つもないってのは寂しいよなあ。」

新八がしみじみと言う。それに同調するように左之が頷く。

「確かに。男子校じゃ望めないよな。総司も平助も斉藤も青春中だってのに、寂しいよなあ。」

「じゃあさ、佐之さん学生の頃はもらったのかよ?」

平助が興味津津とばかりに聞いてくる。

「学生の頃はそれなりにな。土方さんには敵わねえけど。」

「ふうん。でも、僕知ってるんだよね。左之さん今日の朝、登校途中にもらってたよね。」

「おい、総司、それを新八の前で言うな!」

「何だと?!抜け駆けすんじゃねえっ!!!」

「平助君はどうなの?貰ったの?」

「何だよ、総司、気になるのかよ。」

平助が意外そうな目で見ている。それはそうだろう。総司はバレンタインデーなどには興味がなさそうに見える。

いや、剣道で勝つこと以外に興味がないのかもしれない。

そんな総司がチョコレートに興味を持つなんて。

「まあね。で、どうなのさ。」

「…千鶴からひとつ。」

「ふうん。千鶴ちゃんからね。」

「総司だって、昼休みに貰っただろうが。」

「まあ、ね。って、なんで平助君が知っているのさ。」

「…毎年恒例なんだよ。あのチョコレート。大量に手作りするの知っているからな。嬉しいけど、微妙っていうか…。しかも毎年朝一番に。ドキドキも何もないっていうか…。」

「ああ、やっぱり。大量に持っていたから。あの後、職員室にも保健室にも行っていたしね。」

平助も総司も千鶴からチョコレートを貰った。職員室、保健室といったら他の人にもかなり配ったのだろう。

そのことが斉藤にとっては正直ショックだ。なぜなら、斉藤は実はまだ貰っていない。

バレンタインなど気にしないようで、実は正直気になるのがオトコゴコロってもんだ。

「先に帰るぞ。お疲れ。」

何事もなかったかのように、斎藤は皆に声をかけた。

すると、皆も何もなかったかのように、いつものように言った。

「一君はいつも早いなあ。お疲れ〜明日な!」

「お疲れさん。」

「気をつけて帰れよ。」

それぞれに声をかけられて、部室を出た。



別に千鶴のチョコレートが欲しいわけじゃない。

というか、チョコレートなど欲しいと思った事などない。

自分には必要のないものだ。

なのに、このすっきりしない気持ちは何なんだろう。

いや、自分はすっきりしている。実にすっきりしている。

千鶴のチョコレートごときで…。

「斎藤先輩!」

「…雪村、か。どうした?」

まさか、今の今まで千鶴の事を考えていたなど、全く思わせない返答だった。

いつも、部活の後は幼馴染の平助と一緒に帰っていた。斉藤とは自宅の方向が違うため、一緒に帰宅したことはない。

「平助か?もう少しで準備が終わると思うが…。」

「あ、違うんです。平助君には先に帰るって伝えてあるので。」

「?そうなのか。では、ここで何を?」

ここは部室の前ではない。あまり人通りも多くない裏門の前だった。

斉藤はこちらから帰った方が近いため、いつもこちらを利用していた。

そして千鶴はいつもは正門から、平助と一緒に帰宅する。

いつもと違う行動をしている千鶴に違和感を覚え、ごく当たり前の質問をしてみた。

しかし千鶴は聞いた途端、急にしどろもどろになった。

「あの、えっと、その、」

「?どうした??」

「その、斎藤先輩に、えっと、これを…。」

きれいにラッピングされたそれは、多分、斎藤が欲しいとは思っていなかったはずのチョコレートだろう。

大きさはそれなりにある。

別に欲しいと思っていなかったが、貰えるとなると、はっきり言って実に、本当にうれしい。

「俺に、か?」

「は、はい!」

顔を真っ赤にした千鶴が、不安そうにこちらを見る。その上目遣いが、何とも言えない。

「……ありがとう。」

たっぷり間をおいてから、ためらいもなく受け取った。千鶴がほっとした表情になる。

「その、手作りなので…おいしくなかったならすみません。しかもケーキなので、ちょっと大きいかもしれないです。」

てづくり。それだけで十分胸が高鳴る。

しかし、すぐに平助の言葉が思い出された。

『…毎年恒例なんだよ。あのチョコレート。大量に手作りしているの知っているからさ。』

『嬉しいけど、微妙っていうか…。』

確かに、その通りだ。嬉しいが、確かに嬉しいが。

「味は気にしない。大丈夫だ。」

「そうでしょうか。」

「ああ、しかし、雪村は毎年これを作っているのか。」

貰えてうれしいのは確かだ。だが、純粋に大量に作ったら大変だろうと思った。

「え、初めて、です…。毎年なんてそんな。」

「?先ほど平助が部室でチョコレートを毎年大量に作る、と言っていたが違うのか?」

「それは、その、友達とかお世話になっている人にあげるチョコレートは毎年ですが、チョコレートケーキは初めてです。」

「?ああ、今年は皆にチョコレートケーキにしたのか。」

「い、いえ。ケーキなのは斉藤先輩だけです。」

「えっ。」

自分だけ、違う?なぜ?どうして?しかし、嬉しいのは事実だ。

頬が緩みそうになるのを必死に堪える。

ちらりと千鶴を見ると、何か言いたそうにしている。だが、なかなか言えないらしい。

たっぷりの間をおいて、ようやく話し出した。

「あ、あの、中にカードが入っているので、家に帰ってから見てくださいね。」

「カード?今ではいけないのか?」

「い、今ですか?!いや、悪くはないですけど、でも、えっと…。」

何をためらうのか。もしや自分の悪口でも書いてあるのか?

わざわざ、チョコレートの中にそんなことは書かないだろう。

しかし、明らかに、そわそわと落ち着きがない。よほど見られたくないのだろう。

「わかった、カードは家で見る。それよりももう遅い。帰るか。」

「あ、そうですね。それでは、お疲れ様でした。」

「ちょっと待て。平助には先に帰るって言っているのだろう。一人で帰る気か?」

「はい、そうですが?」

「送る。」

すでに辺りは真っ暗だ。こんな時間に女子一人で帰らす訳にはいかない。

「ええっ、そんな。斉藤先輩遠回りになります。」

「構わない、行くぞ。」

「あ、はいっ。」

そうして斉藤は千鶴と二人で家路に着いたのだった。



斉藤は家に着いて、夕食を食べ風呂に入り一息着いていた。

しかし、今日はそれなりにいい一日だった。チョコレートも貰えたし、一緒に二人で帰ることもできた。

十分に幸せな一日だった。

(そう言えば、チョコレートと一緒にカードがあると言っていたな。)

一体何が書いてあるのだろう。

ラッピングを解くと、それはそれはおいしそうなケーキが入っていた。決して食べきれない量ではない。

しかも、自分だけケーキだとは。つい笑みが漏れる。

そして、すぐ、カードを見つけた。そのカードは封筒に入っていたため、封を切った。

そこに書いてあったのは、



『斎藤先輩へ。

 真剣に物事に取り組む姿をいつも見ていました。

まっすぐに自分を見てくれて、そしていつもさりげなく気遣ってくれて、とてもうれしいです。

私は、斎藤先輩が好きです。私とお付き合いしてくれませんか?』



END











あとがき

さあ、どうする?!斎藤先輩!!

ちなみにカードはお千ちゃんからのアドバイスです。

「せっかくのチャンスなんだし、言わないと後悔するよ!」

「恥ずかしいのなら手紙とかは?」

などど、しっかりアドバイスしてくれたのでしょう。