斗南にて
雪原に立つ。
見渡す限りの雪と、耳に痛い風の音。
何もない大地を斉藤と千鶴は黙って見ていた。千鶴がつぶやいた。
「“地吹雪”と言うのだそうです。」
「なるほど、言い得て妙だな。」
それは空から舞う雪ではなく、一度降った雪がまた地上から空へと舞いあがる雪の事だった。
そこは何もない土地だった。人が生活しているとは思えない場所。
斉藤は不安になった。自分ひとりだったらどうにか生きてゆくことができる。
苦労したっていい。自分の選んだ道なのだから。
だけど、隣に立つ彼女の存在を考えると。
彼女を連れてきてよかったのか。
本当なら、こんな朴念仁とではなく、
やわらかな世界で、隣に立てる男の元に居た方がいいのではないか。
彼女を包みこんで、温かな世界で。
でも、そんな男の隣に立っている彼女を想像するだけで、吐き気がする自分がいる。
何と我儘なのだろう。
子供じみた感情だろう。
それは、幼い子供が母親と離れたくないと駄々をこねているのと変わらない。
何もない世界で、何もかもをなくした自分と一緒に居ることが彼女にとって、幸せなのか。
「…本当に、良かったのか。」
迷いがある。
だから、声に出た。
「なにを言っているんですか。」
妙にきっぱりとした声で千鶴が言葉を返す。
「私は斉藤さんと生きていくと決めたのです。それが私の変わらない思いです。」
そして斉藤の眼を見て、やさしくほほ笑んだ。
「決して後悔しない道を、自分で選んでいます。どんなにくじけそうでも、斉藤さんの隣でなら、立ち上がれますから。」
彼女の手をやさしく繋いだ。この手はこんなに小さいけれど、こんなに変わらないものを持っている。
彼女となら、どんな困難でも共に乗り越えていけるだろうと、確信する。
「もし、俺が立ち上がれなくなってもいいのか。」
いじわるかもしれないが、尋ねずにはいられなかった。
「斉藤さんが立ち上がれない時は、顔を上げていない時です。顔を上げたら、立ち上がれますから、お手伝いさせてください。」
彼女と共に在れる自分は何と果報者なのだろう。
今も、地吹雪や雪原の大地は自分を不安にさせるけれど、
共に歩きだせるという自信も与えてくれるものに変わっていった。
苦しいことも、つらいことも、立ち上がれないこともあるだろう。
だけど、隣のいとおしい人を思えば、空を見る勇気ぐらいは湧いてくるのだろう。
それは、生きる力になってゆくのだろう。
あとがき
東日本大震災で被災された方へ心よりお見舞いを申し上げます。
まだまだ、苦しいだけの毎日だと思います。明日が見えない事は不安でしかないと思います。
頑張ってという言葉をかけるには余りにも酷かもしれません。
だから私に言えることは「顔を上げてください。」と言う事だけです。
そうすれば、いつか、生きる力になります。きっと、いつか。