「春日さん。おめでとう。係長昇進だよ。それで、転勤になったから。」
それは寝耳に水の移動辞令だった。
大人の初恋
あのこの世界と似て異なる時代に飛ばされてから10年。
あちらの世界では和議を成し、こちらの世界に戻ってきた。
それから望美は高校を卒業し、大学を卒業し、それなりの有名企業に就職をした。
OLとなって早4年。それなりに仕事も出来るようになった。
その結果がこの移動辞令だと思う。
が、転勤は予想外だ。転勤先は京都。一人暮らしも初めてで不安が残る。
「…でね。転勤になっちゃんたんだ。」
高層ビルの上にあるレストランで夜景を見ながらデートをする。
輝かんばかりの夜景が敷き詰められていて、自分もその光の一つでしかないことが少し悲しくなる。何故かはわからないが。
そのデートの途中、今付き合っている彼氏に相談をする。彼とは職場で出会った。年上で沈着冷静な彼は仕事もバリバリ出来て女子社員の憧れの的だ。
そんな彼とつきあって2年。お互いそれなりの年だから結婚だって考えていると思っていた。なのに彼からの返事はたった一つ。
「頑張れよ。」
「…え?」
「え…って、昇進なんだろ?頑張るしかないだろうが。」
「あ…そうだね。」
「京都って言っても新幹線ですぐじゃないか。」
「うん、そうだね…。」
それでも不安だった。
このまま離れてしまってこの関係は続くのか。
将来どうなっていくのか。
…が、程なくして彼の真意を知ることになる。
「昇進って事は俺より上になるんだぜ?そんな女と付き合ってられるか。」
ショックだった。でも、涙は出なかった。
お隣の有川兄弟はそれぞれの道を歩んでいた。
譲には望美が高校を卒業すると同時に告白された。
多少気まずくなったが、それから1年後、大学に進学した彼は弓道のサークルに入りそこで出会った彼女と付き合い結婚した。
譲が有川家の家を継ぎ、今では二人の女の子の父親になっている。とても幸せそうだ。
将臣は大学在学中から友人とベンチャーで起業した。持ち前の統率力と実行力で会社をそれなりに運営し成功している。そして、今でも望美のよい相談相手となっている。
この間の彼の言葉は望美にとって流石にショックだった。
自分も26歳。結婚だって考えていた。今の彼となら…とも思えた。でも、彼はそうでなかったらしい。
彼は自分を束縛しなかった。だから好きだった。でも、こんな所でうまくいかないなんて。
それなのに涙も出で来ない自分に腹が立つ。
なんて事を愚痴愚痴将臣に愚痴る。
二人が会うのはいつもの飲み屋。傍から見れば恋人同士に見えないこともない。
でも結局二人が付き合うことはなかった。
「上って何よ?!って思わない?そういうことが重要だったの?!って思うじゃない。」
「それ、相手に言えよ。」
「言えるわけないじゃん。言ってどうするのよ。」
「おいおい…まあ、今回はあっちのほうが悪いよな。…で、別れるのかよ。」
「当たり前じゃない!そういう将臣君はどうなの。この間の彼女とは?」
「ああ、とっくに別れた。」
「早い。」
気軽な関係。この関係が一番心地よい。
「お互い恋愛はうまくいかねーな。」
「そうだね。何でだろう。」
なんて返しているが、本当はわかっている。
うまくいかなかった初恋がまだ自分の中でくすぶっているからだ。
知盛
彼があの不敵な笑みで笑っている。
最後の、あの顔が頭から離れなれない。
会いたいと思っても、きっと一生会えない。
初恋は心に残る。
叶わなかった思いならなおさらだ。
後悔と、残る恋心が自分の中をくすぶっている。
子供だった。何も知らない子供だった。
だからこそ、この思いは純粋で、ひたむきなものだった。
なんの打診も、何の偽りも、何にもなくただ好きだった。
だから何度も時空を超えて、
彼が生き残る道を探した。
その結果ようやく見つけた和議への道。
その和議の前日、彼を探して、そして逆鱗を渡した。
彼は追いかけてくるかわからなかったが賭けだった。
だが、彼は来なかった。
生きていればそれでいい。
そう言い聞かせその恋に蓋をした。
きっかけは譲が彼女を作ったことだと思う。
それから恋をしようと思い、彼氏を作った。
しかしいつも長続きせずあっという間に別れていった。
どうしても彼と比べてしまう。
純粋な思いで付き合えない。
でも、年を重ねれば重ねるほど就職とか、結婚とか、将来とか、周りの意見だとか。
あの子が結婚しただの、子供がいるだの、そんなものに振り回されて、
結婚だけがすべたじゃないと思いながらも、正直羨ましくて。
恋心など二の次になっている。
結婚か、仕事か。
今本当に欲しいのはそんなことじゃないのに。
あのときの情熱なのに。
でも、わかっている。
大人になるって事はきっとこういうことなのだ。
春に京都に引っ越してきた。
一人暮らしは思ったよりも大変だったがどうにか暮らしている。
仕事もなれない係長職でまだドキドキしながら働いている。
思ったよりも責任が重くのしかかるのだ。それでも一生懸命働いていた。
夜の八時。
残業がどうにか片付き家に帰る。
5条駅を降りぶらぶら歩きながら家路につく。
ついこの間までは桜の季節と言うこともあり、更に清水寺の近くということもあり人ごみがすごかった。しかしすでに桜の季節は終わったため混雑は減った。
「桜…散っちゃったな。」
来た頃いっぱいに咲いていた花はすでに散ってしまっていた。
満開の花びらは、それはそれは美しかった。
ふと公園を見ると一本満開の桜があった。
まだ、残っていた。
何となく嬉しくてその桜のそばによる。
「まだ、あったんだ。」
ふわりふわり散る桜の花びら。
一瞬強い風が吹いた。
「桜が散っちゃ…。」
沢山の花びらの中から見える銀髪。
驚くほど低く美しい声で懐かしい名前を呼ばれる。
「源氏の神子殿」
その不敵な笑み、そのままに。
あの頃と何も変わらない彼がいた。
また、恋が始まる。
<END>