96すべてがうまく重ならない夜



風呂から上がると望美がベランダから外を見ていた。

さすがにこの時期夜は冷える。

風邪をひく…と思い声をかけようとした。



「知盛…見て。今日は十六夜だよ。」

確かにそこには月が明るく照らしていた。

ふと、自分の弟を思い出す。

戦地に赴く前日に「十六夜の君に会った。」と嬉しそうに話していたからだ。



そんなことを思い出すとぼんやり望美が言った。

「十六夜って満月とは違うんだよね。」

「ああ…月が少し欠けているんだ。」



「欠けた月…か。まるで私みたい。」



知盛への思いは間違いないはずなのに、どこか満たされていない。

理由はわかっている。

“救えなかった知盛”をどこかで思っているからだ。

自分を置いていった彼をどこかで想っている。

熊野での彼を忘れられない自分がいる。



突然後ろから知盛に抱きすくめられた。

広い知盛の腕はあっさり望美を包む。



望美は何も話さなかったけど、知盛にはわかっていた。

幸せそうな表情をする望美だが、時折影を見せる。

そんな望美を憎くも思うし腹立たしいとも思う。

しかし何より満足させられない自分に悔しさと、望美に対する哀れみが混じる。



「知盛…私を置いて…どこかにいかないで…ね。」

消え入りそうな声でそんなことを言う。知盛は抱きしめる腕に力を込めた。

「…先に死なないで…。」

その言葉を聴いた知盛は思わず、口にした。



「嫌だ。」



望美の体がびくっと震える。

何か話したいのに何も言葉が出てこない…そんな感じだ。



「それは、お前が俺を置いて先に逝く…ということだろう…?」

そんな事耐えられない。望美がいるから、自分はここに存在するのだ。

望美がいなくなったら、ここにいる意味などない。



「…やだよ。例え年を取って、私がおばあちゃんになっても、知盛がいなくなるのは、嫌だ。」

これ以上知盛を失うなんて耐えられない。

もう、無理、だ。

なのに、知盛は言う。

「絶対に、俺より先に逝くなど、許さない。」



いま、ここでお互いを手に入れても、いつかは二人を分かつのだろう。

それはずっと先なのかもしれない。

もしかしたら明日かもしれない。



でも、どちらが先に逝ってもお互いにお互いを許せない。

二人とも、1人では生きていけないと思う。

それは愛ゆえに。



愛と憎しみは常に共にある。