新たな出会いと共に



桜はもう散った。

もう少し、もう少しだけ、

もう少しだけ時間が欲しい。





「のぞみちゃんってほんとうに“ぶきよう”なんだね〜」

子供と言うのはいたって純粋だ。時には真実だが心に刺さる言葉を平気で言うことが往々にしてある。

「のぞみちゃんのぬいものの目って大きい〜」

「ごはんがまっくろだね。」

これほど心に刺さる言葉はない…と、望美は思う。



この子供たちは梶原家の周りに住む子供たちである。

梶原家は望美の花嫁修業をするついでに、近所の子供たちを集めて寺子屋まがいのことも始めたのだった。はじめは梶原家の隣に住む子供がやってきた。どうも毎日のように聞こえる叫び声(もちろん望美の花嫁修業によって起こる叫び声のことである)に興味を引かれて隣の家の子がのぞきに来た。その子に譲が料理の方法を教えたのが最初だった。それが一人増え、二人増え、今や一日に30人は訪れるようになった。

 望美は梶原家に来るときは自分が“源氏の神子”だったことを教えていなかった。そこでそこの子供たちには自分はどうやら同じ生徒に思われているらしく、結構きつい言葉をかけてくる。しかしその子供たちのほうが明らかに物覚えがいいため反論も出来ない。



子供にも敵わないなんて…正直悔しい。そして、情けない。



でもそんなことでへこたれている場合ではない。知盛を見返すためにも頑張らなくては!



その寺子屋に毎日のように来ている一人の少女がいた。名前は確か…春香。やたら望美の印象に残る子だった。年はおそらく8歳程度。着るものが他の子と比べ、どうもみすぼらしく、あまり裕福な家庭でないことは一目でわかる。望美をひきつけたのはそのみすぼらしさとは正反対の凛とした立ち姿だった。しゃんと前を向いて生きているのがよくわかった。そして彼女はとても器用だった。料理も掃除も洗濯も裁縫も難なくこなし、さらに文字や計算も覚えるのが早かった。譲が驚きながらも「教えがいのある子です」と笑っていた。



望美がまたいつものように失敗し、落ち込んでいるとその後ろに気配を感じた。

「あれ…春香ちゃん??」

「…となり、いいですか?」

望美は隣をあけ、座るように促した。

「春香ちゃんは物覚えがいいよね〜あっという間に上手になっちゃうね。」

「そうですか…?」

「うん、譲君も景時さんも、朔もいつもびっくりしているよ。」

「でも…今、おぼえたからといって…どうにかなるわけじゃないんだけど…ね。」

「え〜将来、お嫁さんになったとき絶対役立つよ!」

「お嫁さんになんて…なれない。」

寂しげな表情ででもしっかりと彼女は言った。“どうして…”と聞きたかったが、それは聞いてはならないような気がした。春香はどこか寂しそうな顔をして、笑うだけだった。



「それは…春香ちゃんが貧しいからよ」

先ほどのやり取りを朔に話したところこんな答えが返ってきた。

「きっと彼女はわかっているのよ。…自分が売られることを…ね。」

「売られる?!」

「そう…あの娘だったらきっと…そうなるわ。」

望美は衝撃だった。女の子が売られる?!どこに?!何のために?

朔に聞いても答えは教えてくれなかった。



「そんなの…一つしかないだろう…。」

その日の夜、そのことを知盛に話すとあきれたようにそう返した。結局夕飯はまたも失敗してしまい、譲が作ってくれたものを半分出した。知盛はすぐに察したようでにやりと笑っただけだったが。

「一つって…どこよ。」

自分の作った失敗作に眉をひそめながら聞く。

「…神子殿は随分この世の汚い部分を知らないな…。…遊郭、だ。」

「ゆうかく…?」

「女が自分の体を売るところだ。」

望美の箸が止まる。

「何で、あんなしっかりした子がそんなところに?!」

「その家は貧しいのだろう…?娘はよい金になるし、家にとってよい口減らしにもなる。遊郭に行けばとりあえず寝る所と食うことには困らないからな…。」

「そんな…。」



次の日の朝。

いつものように梶原家に来た春香は、突然大きな武家屋敷まで連れてこられた。彼女は一体何のつもりでこんなところに連れてきたのだろうか。

朝、梶原家で一番に話しかけてきたのは望美だった。

「ちょっとお家までこない?」と軽いノリで話しかけられここまで連れてこられたのだった。

「とももり〜連れてきた〜」

望美が大きな声で家に呼びかける。とももり…どこかで聞いた名前だ。現れたのはやたらと綺麗な顔をした武人だった。あまりの綺麗さに思わず見とれてしまう。望美もきりりとした面立ちであるから二人並ぶとやたら迫力があった。

「ようこそ春香ちゃん。」

「これでうまい飯が食える…。」

「どーいう意味よ?!」

目の前で明らかに痴話げんかを始めた二人に対し思わず大きな声でたずねる。

「あのっ…一体これはどういうことですか?!」



「これから…お前にはこの家の女房として働いてもらう。…住み込みでな。」

「よろしく!」



「え?!」

いきなりのことに頭が混乱してついていかない。そんな春香に望美が優しく言った。

「この家で花嫁修業だと思って家事を手伝って欲しいの。それに対してきちんとお給料もだすわ。」

「そんな…そんな迷惑なこと出来ません!!」

「迷惑なんかじゃないわ。」

望美が優しく微笑む。隣に立っていた知盛が腕を組みながらあっさり聞く。

「お前はもう少しで売られる予定なのだろう?あと1年という所か…」

思わず血の気が引いた。まさにその通りだった。頷くしか出来なかった。

「知盛!そんな言い方しないで!!…ね、春香ちゃん。私が不器用なの知っているでしょ?でね…実は私一人じゃとてもとても家事ができないの。だから、住み込みで手伝って欲しいんだ?駄目…かな?」



どうしても春香が売られることに納得がいかない望美に知盛が出した案はこれだった。

実は本来家事一般といったことはこの世界では北の方である望美のすることでない。女房と呼ばれる人がやってくれるものだった。

しかし望美があまりに必死に家事をするものだからそれが面白くて言い出せずにいた。だが、さすがに最近どうしてもおいしい食事が食べたくなり、我慢できず、そろそろ福原あたりから女房を請求しようかと考えていたのだった。

そんな時運よく望美が彼女の話を持ち出してきたのだった。聞けば物覚えもよく器用な娘だと言うではないか。それにそれほど貧しい家なら、住み込みにしても相手方の親は何も言わないだろうと踏んだ。そこで望美に「女房にしてはどうか…」と提案したのだ。望美がその提案にあっさり承諾したのは言うまでもない。

春香にとってこの提案は衝撃だった。望美は自分の年齢を8歳ぐらい…と勘違いしていたが実はもう少しで10歳になるところだった。

もう時間がない。

数えで10歳を超えたら家を出るということは暗黙の了解であった。実際自分の姉たちもそうして売られていった。もう自由になる時間は少ししかない。そんなことを考えながら歩いていると梶原家で寺子屋(のようなもの)をしていた。何だろう…と興味がわいてふらふら…と屋敷の中に勝手に足が入っていた。

そしていつしか物を知ると言うことの楽しさに夢中になっていた。

だが、それは現実から背をそむけているに過ぎない。そのことはわかっていたものの、梶原家に行くのをやめることは出来なかった。

春香にとってそこは唯一現実を忘れさせてくれるところだった。



自分が売られるまで後どのくらいだろう。

ここに後何回来られるのだろう。



不安が消えるわけではない。でも、ココにいたかった。



そんなときの望美からの提案に春香は悩むまでもなかった。

「よろしくお願いします!!」

明るい声が春の空に響いた。



ちなみに、春香がこの二人が何者か…都中で噂になっている「政略結婚によって結婚した平家の四男平知盛と、和議を推し進めた源氏の神子」だと知るのは随分後になってのことだった。