花嫁修業



とてもよく晴れた日の昼下がり。

梶原家から盛大なため息が漏れた。



「先輩は…時々本当にすごいな…と感心しますよ。」

「剣の腕を磨くのは早かったのにね…。」

「ここまで不器用だとすると…ある意味すごいわね…」



この言葉に望美はがっくりうなだれるしかない。

知盛と結婚して一緒に住むようになって、そうつまりは知盛の奥さんになって、一つとんでもないことに気がついたのだ。

そう、それは彼の妻になるには必要なこと。

家の事、つまり家事をしなければならないということだ。

しかし…

「先輩って料理できましたっけ…?」

「洗濯とか掃除の仕方わかる?」

「こちらの服の着付けの方法やお裁縫の仕方知っていたかしら??」

 現在梶原家に同居している譲と梶原兄弟の鋭い指摘を受け、家事なんぞ何も出来ないことに気がついたのだった。知盛は望美が家事が何も出来ないことについて何も言わなかった。 しかし、何も言わないということはむしろ無言のプレッシャーを受けているような気がしないでもなかったのだ。しかも時々あの馬鹿にしたような顔で、“ふっ”と笑ったりするものだから悔しくてならない。そこで、毎日昼間は梶原家に花嫁修業に来ているのだった。



だが…。

「先輩!!どうして卵が割れないんです!!」

「望美ちゃん!!その干し方じゃ皺になっちゃう!」

「望美…縫い目がめちゃめちゃよ…。」

毎日失敗ばかり。考えてみれば、あちらの世界にいれば食事はインスタントとか冷凍食品とかあったし、洗濯は洗濯機が、掃除は掃除機がしてくれて、服は洋服ですでに出来上がっていた。家庭科の時間は友人たちが結構てきぱきこなしてしまい自分ではしたことがなかった。つまり今の望美は家事の基本的な方法から学んでいる状態なのだ。望美はだんだん落ち込んできた。

(どうしてうまくいかないんだろう…。)



外はだんだん暗くなってきている。今にも雨が降りそうだ。

梶原家の家の縁側に座りぼんやりと空を見上げる。望美の気持ちは空と一緒にだんだん暗くなる。

「先輩…よかったらお団子食べませんか?」

そんな望美に話しかけてきたのは譲だった。お茶と一緒においしそうなみたらしのお団子を持っている。

「譲君…ありがとう。あま〜い、おいしい〜!」

嬉しそうな顔を見て譲はほっと安心する。

「ねえ…譲君。このお団子譲君が作ったの?」

「え…あ…そうですが…。」

「すごいなあ…。私なんて…全然出来ないのに。」

「先輩は、今から練習を始めたんだから、出来なくて当たり前ですよ。」

「でも、さ。あまりにも何も出来なくてさ。こんなんじゃいつか…。」

言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。譲はそんな彼女を見てはっきりと言った。



「大丈夫ですよ。あの人はそんなこと気にしないと思いますから。」



 譲があの人…いつの間にか望美の恋人になっていた知盛を見たのは和議のときが初めてだった。正直殺意が沸いた。確かに顔は綺麗だが、和議の席でもやる気はないしいつも望美を怒らせて楽しんでいるように見えた。何故この人が…という思いが強かった。しかし、知盛が望美と自分の兄である将臣と仲良く話しているのを見て明らかな嫉妬を抱き、しかもそれを隠そうとしないのを見て、ようやく気がついた。…この人には敵わない…と。

 いつも、年下だから、自分は兄さんには敵わないから、そんな言い訳を自分にして望美に自分の恋心を見せないようにしていた。先輩が自分の思いを知ったらきっと迷惑に思う、兄さんも先輩のことが好きできっと先輩も…と勝手に理由をつけて自分の気持ちを隠し続けた。そんな弱気な自分で先輩の横にいたいなど…それこそ自己中心的な思い込みだ。

 知盛は確かにやる気もなくだらだらしていて、先輩を任せられないと思う気持ちもなくなったわけではない。でも、先輩を思う気持ちは、大切にしたいという気持ちは、自分だけを見て欲しいという気持ちは、恋心は、きっと彼に敵わない。彼ならきっと堂々と望美の傍にいて彼女を守っていくだろう。手放しはしないだろう。



「あの人は…ちゃんと先輩を想っています。だから、こんなことぐらいで気になんてしないです。」

「でも…。」

「だからきちんと毎日練習して、ちゃんと腕を磨いていけばいいと思います。あの人を見返してやることになら、俺だって手伝いますよ?」

雨が降ってきた。でも望美の顔はそれとは対照的に晴れやかになった。

「いつか見返してやる!」と顔にありありと書いてある。

こんな彼女だから、きっと好きになったのだ。だから、これからも彼女の笑顔のためにならどんなことだってするだろう。



「いや〜すごい雨だったぜ!!」

「将臣殿?!いきなりどうしたの?知盛殿まで…。」

その日の夕方、梶原家の玄関に将臣と知盛が突然前触れもなく訪れた。朔がふたりを出迎える。

「今、内裏からの帰りなんだけどさ。外に出たら雨が降っていてさ。自分の家に帰るよりこっちに来たほうが近いと思って。きっと望美もいると思ったから知盛も連れてきたぜ?」

朔はふふっと笑って、「ついでにご飯も食べていくつもりなのでしょ?」と付け加えた。そして「望美なら厨房にいる」と伝えて体を拭くものを取りに家の奥へ行ってしまった。

 二人は厨房に行くとそこでは望美と譲が楽しそうにご飯を作っている。将臣はそんな二人を見てあっさり近寄った。

「望美〜大丈夫なんだろうな…」

「大丈夫だよ!!…って将臣君濡れたまんまじゃない!」

「兄さん!風邪を引くから早く拭いてください!」

望美を真ん中に有川兄弟が仲良くじゃれあいだした。



そんな3人の様子を、部屋の奥から拭くものを持ってきた朔と景時がぼそりと言う。

「望美が恋愛感情に疎い理由がよくわかるわ…」

「きっとあの二人が優しく守ってきたんだろうね。」

「男の人のほめ言葉や口説き文句やら優しさやらに慣れきっているのね。」

さっきの縁側での話も梶原兄弟はしっかり聞いていたのだ。

「将臣君も譲君もかけねなしに優しいよね。」

「兄上…あの知盛殿の顔を御覧になって…。」



そこには置いてきぼりをくらい嫉妬に染め上がった知盛が立っていたのだった。